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静岡地方裁判所 平成元年(ワ)254号 判決 1990年7月19日

原告

石垣恵子

被告

八木正夫

主文

一  被告は、原告に対し、金五七三万四〇三七円及び内金五二三万四〇三七円に対する平成元年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三三三四万三五二〇円及び内金三一三四万三五二〇円に対する平成元年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和六一年五月三〇日午後七時四五分頃

(二) 発生場所 静岡市豊田二丁目一〇の一

(三) 加害車両 普通乗用自動車 静岡五七な六〇八六

保有者 被告

運転者 被告

(四) 被害車両 普通乗用自動車 静岡五八す三三一

保有者 原告

運転者 原告

(五) 事故の態様

被告が一時停止の標識のある右側道路から優先道路を進行中の原告運転の車両の直前に進出したため、原告が衝突を避けようとしてガードレールに衝突した。

2  被告の責任原因

被告は、一時停止の標識のあるT字型交差点の左側道路から、明らかに広い道路である原告が直進中の道路に相当の速度で進出して、原告の進路を妨害した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の損害賠償責任がある。

3  原告の受傷状況

(一) 原告は、本件事故により頭部外傷、頸部挫傷、脳挫傷、右視神経障害等の傷害を受けた。

原告は、頭部外傷等の傷害については静岡済生会病院で、右視神経障害については昭和大学病院眼科で、それぞれ治療を受けたが、頭部外傷等については昭和六三年八月一一日、右視神経障害については同年九月七日をもつて症状は固定した。しかし、原告には脳挫傷による精神的欠損症状、左上下肢の疼痛シビレ等の神経症状及び右眼の半盲症、右眼の調節機能障害の後遺障害がある。

(二) そして原告の自賠法施行令による前記後遺障害の等級は、脳挫傷による精神的欠損症状及び左上下肢の疼痛シビレ等の神経症状、右眼の半盲症、右眼の調節機能障害の併合で、八級と認定されている。

4  原告の損害

原告は、前記受傷により、入院一〇七日(司馬病院四六日、静岡済生会病院六一日合計一〇七日間)、通院八五日(静岡済生会病院七四日、昭和大学病院眼科一一日合計八五日間)の治療を受け、次のとおり損害を被つた。

(一) 入院雑費 金一〇万七〇〇〇円

入院一〇七日 一日金一〇〇〇円の割合

(二) 休業損害 金五三二万九二〇三円

本件事故当時、原告は、スナツクを経営していたが、その所得について立証できないので、賃金センサス昭和五九年第一巻第一表による女子の平均賃金三五歳から三九歳は金二三四万一〇〇〇円てあるので、これを三六五日で除した一日の収入は金六四一三円となる。本件事故の発生日(昭和六一年五月三〇日)から後遺障害を残す症状固定日(昭和六三年九月七日)まで八三一日間の休業損害は(六四一三円×八三一日)金五三二万九二〇三円となる。

(三) 後遺障害による逸失利益 金一八九九万二六五〇円

本件事故発生当時の年収は右平均賃金により年金二三四万一〇〇〇円であり、自賠法施行令による前記後遺障害の等級八級(労働能力喪失率四五パーセント)である。固定時から六七歳までの稼働年数三〇年間で、ホフマン係数は一八・〇二九である。右により後遺障害による逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり金一八九九万二六五〇円となる。

2341000×45÷100×18029=18992650

(四) 慰謝料 金八九六万円

(1) 入通院分 金二三六万円

入院 一〇七日分 金一一九万円

通院 二九七日分 金一一七万円

(2) 後遺障害分 金六六〇万円

(五) 固定後の治療費 金一六八〇万円

症状固定後も後遺障害については、二〇年間にわたり、入院又は通院して治療することが必要かつ確実であり、この治療費は月金七万円、年間金八四万円、合計金一六八〇万円を要する。

(六) 弁護士費用 金二〇〇万円

(七) 損害の填補 金一八八四万五三三三円

原告は、本件損害の填補として金一八八四万五三三三円の支払を受けた。

5  よつて、原告は、被告に対し、右損害金合計金五二一八万八八五三円から填補額金一八八四万五三三三円を控除した金三三三四万三五二〇円及びこれから右弁護士費用を控除した内金三一三四万三五二〇円に対する訴の変更申立書送達の日の翌日である平成元年八月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は認める。

4  同4のうち、原告が入院一〇七日、通院八五日の治療を受けたことは認めるが、損害については入院雑費を除き否認ないし争う。

(一)の入院雑費については認める。

(二)の休業損害については、金二三一万四七七二円とすべきである。すなわち、原告のスナツク「メグ」の経営による収入は日額金六四一三円であるから、本件事故から「メグ」の営業を再開した昭和六二年三月一日までの二七五日分で金一七六万三五七五円であり、それ以降症状固定日(昭和六三年九月七日)までの一九一日分については労働能力喪失率を四五パーセントとして金五五万一一九七円とするのが相当である。

(三)の後遺障害による逸失利益については、金一三五〇万六七四円とすべきである。すなわち、労働能力喪失率は、三〇年間も不変で続くものではないから、原告については、年収金二三四万一〇〇〇円を基準とし、三七歳から四六歳までの一〇年間は四五パーセント、四七歳から五一歳までの五年間は三五パーセント、五二歳から五六歳までの五年間は二五パーセント、五七歳から六一歳までの五年間は一五パーセント、六二歳から六七歳までの六年間は五パーセントの喪失率をもつて算定するのが妥当である。

(四)の慰藉料については、原告の症状は心因性に基づくものであり、特異な性格が起因するところが多いので、金八三〇万円をもつて相当である。

(五)の症状後の治療費については認められない。

(六)の弁護士費用については、原告が示談による円満解決に積極的でなく、多大な請求をして調停を不調とし、あえて本訴を提起したのであるから、その請求は不当である。

(七)の損害の填補については争う。

5  同5は争う。

三  被告の主張

1  原告は、T字型交差点に差しかかつた際、被告運転の自動車の発見が遅れ、右自動車との衝突の危険を感じ、急いで減速しないでハンドルを右に切つて中央帯寄りに進行し、その後あわててハンドルを切つたため、右に戻す間もなく進行しガードレールに衝突したものであるから、原告にも運転判断の誤りと運転技術の未熟に起因する過失があるというべく、三割ないし四割程度の過失相殺をすべきである。

2  被告は、原告に対し、自賠責保険金一二〇万円をも含め合計金二六六〇万二四九五円を支払つているから、これを本訴請求の損害額から控除すべきである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告主張の請求原因1ないし3はいずれも当事者間に争いがないから、被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

二  そこで、原告の被つた損害について判断する。

1  入院雑費 金一〇万七〇〇〇円

原告は、前記受傷により入院一〇七日の治療を受けたこと、入院期間中一日金一〇〇〇円を下らない雑費を支出し、合計金一〇万七〇〇〇円の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

2  休業損害 金五三二万九二〇三円

成立に争いない甲第八号証、乙第三号証の一ないし四、同第四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一七号証、証人青木千秋の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告(昭和二六年六月八日生)は、お茶の水女子大学中退後、静岡市内の百貨店などに勤務した後、昭和五八年五月、スナツク「メグ」を開店し、昼間は喫茶、夜はスナツクの営業をしていたが、昭和六一年三月昼間の喫茶店の営業を休止したこと、原告は、昭和五九年五月頃、「メグ」に来客として出入していた青木千秋と知り合い、同年八月頃から内縁関係に入り、主婦としても稼働しているが、原告の「メグ」における収入がどの程度であるかを正確に認定できる資料がないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、右認定の事実と弁論の全趣旨によれば、原告としては、本件事故のため入通院しなければ、症状が固定した昭和六三年九月七日までの八三一日間は、少なくとも昭和五九年賃金センサス女子の平均賃金(三五歳から三九歳)金二三四万一〇〇〇円に相当する仕事に従事し、これと同額の収入を得られたものと推認するのが相当であるから、原告の休業損害は、原告の主張のとおり金五三二万九二〇三円と認定することができる。

3  後遺障害による逸失利益 金一四三九万二四六八円

原告は、頭部外傷等については昭和六三年八月一一日、視神経障害については同年九月七日をもつて症状が固定したこと、右後遺障害については併合八級に該当するとの認定を受けていることは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第二号証、同第一三号証の一、二によれば、静岡済生会病院における診断では将来原告の精神症状の改善と生活能力の向上の可能性は否定できないもののその見通しについては不明であり、社会的な仕事に対する能力は約三分の一に、家庭内における能力は約二分の一に低下しているものと判定されていることが認められるから、右事実によれば、原告は、右後遺障害により、前記症状固定の日から六七歳に達するまでの三〇年間を通じて、その労働能力の四割を喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、前記平均賃金二三四万一〇〇〇円を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して原告の三〇年間の逸失利益を求めると、その額は、次の計算式のとおり金一四三九万二四六八円となる。

23410000×0.4×15.37=14392468

4  慰藉料 金八五〇万円

原告の前記入通院の期間、後遺障害の内容・程度等諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料は、金八五〇万円をもつて相当とする。

5  固定後の治療費

前掲甲第一三号証の一、二、同第一七号証によれば、原告は、症状固定後平成二年二月まで静岡済生会病院に通院しているが、その主訴は心因性のものが多く、治療もカウンセリングと鎮痛剤投与程度のものであつて、医師しても早期の社会復帰を望んでおり、将来の治療の必要性の有無ないし期間については不明であると認められるうえ、その治療に要しあるいは将来要するであろう費用についてはこれを確定するに足りる資料はないから、右治療費の請求は認めることができないというほかない。

6  過失相殺

成立に争いない甲第六ないし八号証、同第一二号証によれば、原告は、本件事故現場附近の道路(通称BSB通り、最高制限速度五〇キロメートル)を有明町方面から小鹿方面に向つて時速約五〇キロメートルで走行してきたのであるが、附近にはT字型交差点があり、その交差道路から自己の車線に進入してくる車両のあることは十分予想しうるところであるが、原告としては、右交差点を通過するにあたつて左方から進行してくる車両の安全を全く確認せず、かつ、減速徐行などの措置をとらなかつたことが認められるから、原告にも若干の過失は免れないものというべく、原告の損害額から約一割五分を減額するのが相当である。

したがつて、原告の請求できる損害額は、金二四〇七万九三七〇円となる。

7  損害の填補 金一八八四万五三三三円

原告が本訴請求の損害の填補として金一八八四万五三三三円の支払を受けたことは、原告の自認するところである。

なお、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、治療費として金一七九万六八〇七円、看護費として金二四七万三九三七円、通院費として金五八万〇五三五円、雑費として金一三四万六七〇三円、文書料その他として金一五五万九一八〇円を支払つたことが認められるが、被告は、本訴請求の損害とは別の実損害を認め、その填補のために支払つたものと推認されるから、右支払金を本訴請求の損害額から控除しないこととするのが相当である。

8  弁護士費用 金五〇万円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すれば、被告に賠償を求め得る弁護士費用相当の損害は、金五〇万円と認めるのが相当である。

三  よつて、原告の本訴請求は、被告に対して右損害金五七三万四〇三七円及び弁護士費用を控除した金五二三万四〇三七円に対する本件事故の日の後である平成元年八月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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